これは何でしょう?
この側面の姿を見て「これは!」と気づいたあなた、
かなりチョコレートの歴史に詳しい方ですね。
これは、「メタテとマノ Metate y Mano」といいます。
石でできた板状の台が「メタテ Metate」、上の石の棒が「マノ Mano」です。
上から見るとこんな感じ
このメタテとマノは、「オルメカ文明」「マヤ文明」「アステカ文明」など4千年前からの長い歴史を持つ「メソアメリカ Mesoamerica」地域において、カカオ豆をすりつぶして「カカオドリンク」を作る時に使われていた、そして現在もなお使い続けられている伝統的な道具です。
「アステカ帝国」では、このメタテとマノを使ってカカオ豆をすりつぶし、水、蜂蜜、トウガラシなどの香辛料を加えて「ショコラトル Xocolatl 」という飲み物が作られ、神にまつわる儀式や祭りなどの際に、ごく限られた人々に飲まれていました。
実は、私はこのメタテとマノを使って自分の手で「古代のカカオドリンク」を作ってみたいと思い、長い間ずっとこの道具を探し続けていました。
日本国内で個人的にこの道具を所有している人はそう多くないと思うのですが、その1人である前田商店の前田社長にお話を聞くと、「メキシコで購入したものをブラジル、アメリカと経由して苦労して日本まで持ち帰ったんですよ」とのことでした。
(前田社長の素敵なメタテとマノは、上野、名古屋、大阪で開催された「チョコレート展」でも展示されていました)
「やはり、メキシコまで行かなくてはダメなんだなぁ」と思っていたところ、先日パリで「幸せな出会い」があったのです。
「サロン・デュ・ショコラ・パリ2015」のメキシコMexico ブース
なんと、私はこのメキシコブースで、可愛い「メタテとマノ」が展示されているのを見つけたのです。
メタテとマノは石でできているので、通常合わせると20キロ以上あることが多く、私には簡単に運ぶことができません。
ところが、このメタテとマノは14キロほど。
力のない私でもどうにか持ち上げることができますし、何よりも形が端正で可愛らしい。
一目見ただけで目が離せなくなってしまった私は、思わずブースにいたメキシコの担当者の方に声をかけていました。
「こんにちは!私は日本でチョコレートの研究をしているものですが、もし可能ならこのメタテとマノを譲っていただけないでしょうか? 私は古代のチョコレートドリンクを作りたくて長年これを探していたのです」
メキシコブースの人はニッコリ微笑みながら「大丈夫だと思います。ただし、明日このメタテの所有者が来場しますので、本人と会って直接話して下さい。誰にでも譲れるものではないと思うので」とのことでした。
そして次の日
タバスコ州(メキシコ東部)の有名なカカオ農園で働くFlorencioさんにお会いすることができました。
笑顔も帽子も肩から下げた麻袋もとてもダンディで素敵なおじさまです。
実は、このメタテを初めて見た時、すごく古くてところどころ欠けたりしているので「なぜだろう?」と不思議に思っていたのです。
そこで、スペイン語が堪能なカカオハンターの小方真弓さんにお願いして「その理由」を聞いていただきました。
(小方さんはスペイン語もフランス語もとても堪能)
すると、Florencioさんは「これは、マヤ地域の土の中から掘り出したものなんです。もし、このメタテを使うのなら、正しい使い方を学びにタバスコ州のカカオ農園まで来て下さいね」とのことでした。
もちろん、私は昔から「カカオ栽培の故郷であるメキシコにぜひ行きたい」と願っていましたので「もちろん、喜んでカカオ農園に伺います!」とお約束しました。
小方さんはカカオの研究のために何度もメキシコを訪れたことがあるので、メキシコブースの人たちとは以前から顔見知りだったようです。私が小方さんの友だちであることや私が日本で研究している内容をスペイン語で本当に的確に説明してくれました。
そのサポートもあって、私は無事メキシコブースの人たちに信用してもらうことができたのです。
私の希望を心よく理解して下さったメキシコブースの皆様、そして一生懸命説明して下さった小方さん、本当にありがとうございました。
Florencioさん、Mayariさん、Anaさん、 Muchas gracias!
お影様で、破損しないよう神経を使う運搬は大変でしたが「メタとマノ」を無事日本へ持ち帰ることができました。
メキシコと日本の友好のためにも貴重な宝ものとして大切に保存したいと思います。
ところで、「メソアメリカ」からカカオ豆が最初に伝播したヨーロッパの国は「スペイン帝国」です。
(スペイン帝国とカカオの歴史については → こちら )
そして、この国でもやはりメタテとマノは使われていました。
スペインの「チョコレート博物館」を訪れると、しばしばこの道具が展示されてるのを見かけます。
バルセロナ(カタルーニャ地方)のチョコレート博物館所蔵
トロサ(バスク地方)のチョコレート博物館所蔵
でも、よく見ると、スペインの「メタテ」はメキシコのものとは少し形が違いますね。
湾曲していて足が長く、全体的に高さがあります。
なぜでしょう?
Florencioさんの話によると、
「ヨーロッパは涼しいのでカカオ豆をすりつぶすだけではペースト状にならない。だから、メタテの下で火を焚いて加熱しなければならない。そのためにメタテの足が長くしてあるのです。
でも、メキシコは気温が高く、すりつぶすだけで(カカオバターが融けて)ペースト状にすることができます。だから、メキシコのメタテはこのように平らな形になっているのです」とのことでした。
カカオ栽培の故郷であるメソアメリカで生まれた伝統的なメタテの形、この形のメタテをとても誇りに思われていることが伝わってくるようでした。
確かにそうです。
今まで何気なく見ていたのですが、形の違いにはこんな理由があったのですね。
メソアメリカの伝統を継承する「メタテ」、ますます大切にしなくてはと思いました。
なお、Florencioさんのカカオ農園があるタバスコ州は「マヤ文明(古典期3〜9世紀)」の西の端に当たる地域ですが、それよりもさらに古い「オルメカ文明(紀元前1200年〜前400年ごろ)」の栄えた地でもあります。
オルメカ文明は、カカオを最初に利用した人類といわれていますし、「カカオ」という言葉は、オルメカ文明の「カカウ」という言葉に由来するものと考えられています。
出土したカカオ用の容器に書かれていた「マヤ語 」(トレースしたもの)
この魚や三日月や丸のような形の組み合わせが「カカウ Kakaw(a)」という音を表しているそうです。
(マヤ語では、最後の母音aを読まないので「カカウ」になる)
ユカタン半島を中心とする「マヤ」地域には、カカオの初めて栽培した人々の子孫が現在もなおカカオの樹を守り続けています。
また、上質なクリオロ種を栽培している農園やカカオの樹の再生が行われている貴重な農園もあります。
約束通り、ぜひメキシコ訪問を実現したいと思います。
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追記
次の年、約束通り憧れのメキシコを訪問することができました。
その際の記事は次の通りです。
魅惑のメキシコ(3) 王家のカカオを受け継ぐ伝説の「ソコヌスコ」へ!
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「メタテとマノ」ついては
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メキシコ・タバスコ州の州都ビジャエルモサ